聞いて欲しい

以前、愚痴を吐けるならまだマシだ、何も言わなくなった状態が一番危険と言っていた人がいたが、少し前の私がそれだったなと思う。精神的に追い詰められた状態だ。それは辛い状態ではあったのだが、しかし、ずっと昔はその状態が私の場合は何かを発信するのによかった。なので、当時は寝食を忘れるくらい書き散らかしたものだった。だがしかし、最近では私にはそれが逆に何かを発することを阻むようになっていた。

 

今思うに、愚痴を特定の人に聞いてもらうことは果たして良かったのだろうか。その時は相手に甘えてそれを良しとしていた。だが、今はそれがいけなかったのかもしれないとも思う。愚痴はこんなふうに不特定多数の誰かに聞いてもらうのがいいのかもしれない。もちろん、誰も聞いてくれていないということもありうる。それでも、きっと誰かは見ていてくれる。こんなふうに公開された場所でなく、隠された場所で呟くよりはきっとこれがいいのだろう。誰も私のことなど知らない、それが丁度いい。