生産性発言

誰が言ったか自明の理であるのだが、LGBT問題でメディアが騒いでいて、それについて「ただ恋があるだけかもしれない」と書いている人がいた。その人の書いた物を読んで、私も私なりの考えを書いておきたい。

 

同性同士の結婚が生産性がないとか言う人がいる。とても頭の悪い発言をしていると思ったものだった。女性を産む機械というような発言をした人もいたが、それに匹敵するくらいの馬鹿発言だ、と。それを言った本人はまったく気づいていないわけだ。自分の発言の愚かさを。何とも嘆かわしいことだ。だが、そういう考えを持つ人は他にもいるのだろう。

 

生産性ということは、つまりは同性では子供が生まれないからそういった発言になったのだろう。子供が生まれることを生産性と言うとは、それはすなわち産む機械と言った言葉と同じ意味を持つ。異性同士であっても子供を持たない選択をした人たちはいるし、身体的なことで子を持てない異性カップルもいるのだから、そういった人たちのことも生産性のない関係と断罪しているということだ。

 

ならば、たとえ血が繋がっていても親子間、兄弟姉妹間で子を成すことは生産性のあるものであるということではないのかと私は思う。テレビで男性が子供を産んだというのをやっていて、それを気持ち悪いと言う人たちがいたというのを見たのだが、それは恐らく親子で兄弟姉妹で子を成すために関係を持ったというのが気持ち悪いと思う人であったなら出てくる発言なのだろう。実際、そういう声も聞いたこともある。気持ち悪い、か。それは確かに、自分の親とか兄弟姉妹と性的関係を持つことは気持ち悪いというのが今の時代の正しい感情なのだろう。だが、血の繋がりがあったとしても、どうしようもなく惹かれて性的な関係を結びたいという人たちもいるわけで、それは法的に許されないとしても、悪いことではないのではないかと私は思う。生産性のない関係を否定するのなら、たとえ法的に許されないとしても、生産性のある親子間、兄弟姉妹間の関係を認められるよう働きかけてから生産性のない関係を否定しろよと。それくらいのことをしてから否定すれば、頭の悪い奴とは言われないだろうに。少なくとも私は言わない。

 

こう言っては何だが、非生産性から生まれるものに惹かれる。それは何故かわかる人はいるだろうか。いないだろうな。恐らく。