私に安楽な死を

その人の死が病死なのか事故なのかあるいは自殺なのか、真実は他人にはわからない。たとえば最近亡くなった俳優の死は、自殺であろうと報道されていたが、どんな死に方だったのかは報道はされていないし、明かな遺書は残されていないということなので、私には彼の死が自殺なのかどうかはわからないが、恐らく自殺だったのだろう。ただ、死に至るまでの状況は死んだ本人にしかわからないので、覚悟の死なのか、それともそうじゃないのかはわからないわけだが。もっとも、覚悟があってもそうじゃなくても自分で自分を殺すわけだからそれは自殺なのだ。それが事実。私の知人にも親がずいぶん前に自殺してしまった人がいて、当時の知人はどう思っていたかはわからないが、最近亡くなったその俳優の報道を見て「彼はうつだったのかもしれないね」と言っていた。特に今はコロナ関連でうつになりやすい人もいるだろうということもあり、知人はそう思ったらしいのだが、恐らく、今の知人であれば自分の親が自殺したのもそのうつのせいだったのだろうと思っているかもしれない。知人の親は当時癌を患っていて、治療をしている最中だったのだ。通院をしていたのだが、もちろん仕事はできないので昼間は一人で家で過ごしていることになる。そして、ある日、その人は首を吊って亡くなった。これはまさに自殺である。遺書もなにもなかったし、そういったそぶりもなかったというから、覚悟というものではなかったようだ。つまり、病気から将来を絶望してうつ状態になり、そのままふとした拍子に何も考えずに首を吊ったのだろう。と、今の私達ならそう思う。

 

「報道で知った3人の死: 極東ブログ」

 

その人の記事に、自殺かどうかわからない報道であれば「死の事実だけ報道すればよく」と書かれているが、他の人はどうかわからないが、私自身でいえばやはり何故その俳優がそんなに若くてどうして亡くなってしまったかを気にしてしまう。もう高齢であったり長患いをしていたりしたとしても死因が気になるというのに、あんなに若くて病気もしてなくてどうして彼は死んでしまったのか、事故なのかそれとも…と気になってしまうのは、確かに私が野次馬根性の持ち主でもあるからとも言えるのだが、彼の熱烈なファンであったなら矢張り死因を知りたいとなるのは仕方ない事だと思うよ。だから、私は特に有名人の死は死因を明らかにして報道してほしいと思う、私はね。

 

そして、安楽死のことなのだが、私はやはり安楽死をさせてほしいと思っている。ALSについては、私の周りにもその病気にかかってしまった人がいるので、多少関心はあるのだが、ちょっと知っているという程度の相手なので、今その人がどういった状況かはわからない。そういったこともあり、同じ病の方が今回自分では死ねないからと他人にそれを実行してほしいと頼んでしまったことは、本人の辛さを思えば否定はできないことだよなあという気持ちしかない。恐らく、説得したとしても彼女の死の覚悟はなくならなかったのではないかと私は思っている。ただ、それを実行してくれる誰かがああいった人であったというのはちょっと受け入れがたいことだったのだが。真相がわかるまでは、彼女の辛さをわかってくれて、自分たちが逮捕されるのも覚悟で彼女のために彼女の願いを叶えてくれたのかもと、最初は逮捕された医師に同情していたのだが、真相がわかるにつれ、ああ、同情する価値もないことだったのだなとなったのだが、悲しいかな、恐らく実行してくれる人はそういった最低な者にしか頼めないのだろうな、と。私も彼女のような立場になったら安楽死を望むだろうから、誰かに殺してもらうにしても家族に頼むしかない。だが、そうすると家族は犯罪者になってしまう。その葛藤に苛まれ、きっと地獄の苦しみに陥るだろうな。というか、私の本音としては、そんな重病でなくても、死にたいと思ったらすぐ楽に死ねるというのが望みだ。生きる権利があるというのなら死ぬ権利もほしい、と。だが、生きることは本当は難しい、本当に。だとしたら、死ぬのも難しいとならないとフェアじゃないのかなという思いもあったりして、私は生と死を前にして茫然と立ち尽くすしかない。