異世界転移物語

別れた人の思い出の品を捨てた。品物だけではなく、メールログも全て。ただ、一つだけ捨てられないものがある。その人は小説を書いている人だったので、御自分の小説を文庫化し、それを下さったのだが、それだけは捨てることができなかった。本を捨てるという行為がいまだに私にはできない。子供の頃に少ない小遣いで買った文庫本が何冊もあったが、最近まで捨てられなかった。それらはもう古本屋でも取り扱わないようなものなので、売ることもできず、だが、もう持っていても死ぬまでにもう一度読むということもないと思ったら、断シャリと称して全て捨ててしまった。それでも別れた人にもらった本だけは手放せない。

 

ところが。

 

最近、その人の存在が消えてしまったのだ。その人とは何度かお会いしたので、どういった風貌か覚えてはいる。その人のサイトも把握していて、ブログとかTwitterとかもやっていたのでアカウントも把握していたのだが、アクセスしてみても存在していないのだ。もしかしたら全てのアカウントを削除したのかと思ったのだが、検索してみてもネット上に痕跡がないのだ。これはおかしい。まるでそんなアカウントは今も昔もネット上には存在していなかったと言わんばかりに。その人は小説投稿サイトにも登録していたので、そちらも検索してみるが、矢張りその人の小説はどこにも存在したという痕跡がないのだ。

 

私は最後の手段で、その人の家族に連絡を取った。すると、その人の家族だと思っていた方は「そのような者はうちにはいません」と言われてしまったのだ。そんなはずはない。私は以前、その家族の人と連絡を取って、別れたその人と楽しいひと時を過ごしたことがあったのだ。それなのに、どうして家族の人は、私を「誰だ?」といったような言い方をするのだろうか。

 

私の手元にはその人の小説本がある。唯一、その人が存在していたという証拠である本が。だがしかし、その人はこの世界には存在していないのだと突きつけられるだけで、せっかくの証拠が「これは本当にあの人が私にくれたものなのだろうか」と、まるで私の記憶が間違っているかのように混乱してしまうのだ。

 

その人はちゃんと存在していたのだろうか?

もしかして、今寝て次の日の朝目覚めたら、この本も跡形もなく消え去ってしまっているのかもしれない。

そう思ったら、ひどく切なくなってきた。

もう二度とあの人と話せないのだと思ったら。

もう二度とあの人の小説が読めないのだと思ったら。

 

 

 

 

そんな夢を見た。

目覚めて私は号泣した。

別れたのだから二度と話せないし、小説ももう読めないのだ。

それだけは紛うことなき事実なのだから。