不幸な繋がり


「琥珀色の戯言 - WEB上の「さまよう悪意」」を読んで。


 WEBに日記や文章を公開するというのは、本当に怖いことなのです。「繋がれなかった人と繋がれる可能性」がある一方で、「繋がらないほうがいい人と繋がってしまう危険性」もあります。「話せばわかる人」としか接点が無かった人にとって、「話しても聞く耳すら持ってくれない人」「自分の解釈でしか生きられない人」とまで直接繋がらなくてはならないというのは悲劇なのかもしれません。


繋がるのが危険な相手と繋がった事が全く無かったとは言わない。私もその様な不幸な繋がりを持ってしまった過去を持っている。だが、第三者にとってはその繋がりは「不幸だ」と言われたとしても、私にとっては今まで繋がった事で不幸だったと思った事は一度も無い。しかし、私はそうで無くても、相手は「不幸だった」と思っているかもしれないな。私は我が侭な人間だったから。今でも我が侭であるから、私と繋がってしまった人間にとっては最大の不幸なのかもしれない。私はそう思っているよ。