一番大事なのは誰か一人でも救えたかという事だ


「メモ - 愛より親切」を読んで。


相変わらずyuki氏は独特な表現法で飛ばしているな。(笑)


私はDJ OZMAは嫌いではない。下品だと言われる方もいるようだが、紅白でも歌われたその歌は好きな歌でもある。人生はこんなにも楽しく生きれるものなんだと私に教えてくれるからな。とは言え、確かに私がそう感じるからといって、人には好みというものもある。あれを不快に思って楽しく思う所か暗い未来しか感じられぬと思われる方も居るだろう。


 ところで、このテキスト中のことば「愛は負けても親切は勝つ」に共感した。親切も度を越すとおせっかい及び迷惑になりかねないけれど、愛より親切、地球を救うのは親切だと思う。私的には絶望より希望を感じることばだ。


aozora21氏はこう言われているが、愛にも種類がある。自分を犠牲にしてでも世の為人の為に尽くす愛もある。だから、その愛は確かに地球を救うよ。そして、親切も余計なお世話とも言われる親切もあるだろう。つまり、愛も親切も人によって、場合によって絶望も希望も与えるという事だ。尤も、当たり前の事ではあるがな。
さて、私の愛は間違いなく誰かを何かを救うものではない。恐らく全てを滅ぼすだろうな。親切は如何だろうか。私の親切は相手にとって如何取られるか、それだけは相手に聞いてみなくては分からぬようだ。



たとえ、彼が誰かを救う為に歌っていないとしても、ただ自分が楽しくなれればいいと思って歌っていても、それでもたった一人でも誰かに生きる楽しさを感じさせる事が出来ていたとしたら、それだけで価値のあるものだと私は思っている。私は好きだよ。間違いなくこの歌は私を救ってくれた。それだけで充分だ。