本当は読み続けたかった


「Poison reverse - Webでの評価について」を読んで。


そんなこと言いはじめると何も書けなくなってしまう
と言う結論になりかねないが、
感想も自由にブログで言えないというのもなんだか変だ。
この辺の落としどころが非常にむずかしいので、
俺は今のところ、本の感想やら映画の感想やらは
書かないという保留的態度を取るしかない現状である。


自分が好きだと思った物を多くがけなしていた場合、少数派の自分がおかしいというような印象は如何しても抱いてしまう。だから何々を好きだと書かないようになってしまうというのは分かる。それは、好きという感情だけに限らない。多くが「これは良い」「これは素晴らしい」と評価している物に対して、自分は如何しても良いとは思えずにネガティヴな感想しか持てない事もあるだろう。そんな時に、皆が賛辞している物を良いとは思えない自分はおかしいと言われてしまう事に対しての遣る瀬無い気持ちから、何々を嫌いだとは書かないで置こうとなってしまう訳だ。「それはおかしい」と思い、少数派をけなす事も自由であるとしたら、その口を塞ぐ事は出来ない。とすれば如何すれば良いか。後はもう己が気にしないというだけしかないのだろうな。自分の意見を批判されても、自分の正直な気持ちを表明し続ければ良い。難しく考えずに言ってしまえばいい。淡々と綴っていけばいい。それで如何しても書く事が苦痛でしか無いのなら、書かない方が良いのだろう。私は誰かに自分の正直な意見を書いて欲しいと思ってはいる。そして、時にはそれを半ば強制してしまう事もあるが、その私の願いも耳に入らない程に書く事は辛いと言うのなら、もう止めない。


と言うのも、記事には関係の無い事なのだが、最近、私の友人の一人が日記を書く事を止めてしまった。理由は生活上で変化があったからという事らしい。残念だが、私には止める権利は無い。その人も人間関係で辛い思いをしてきた人なので、此れからのその人に心休まる日々が訪れてくれる事を切に願う。